おくさんが“くも膜下出血”の疑いで救急搬送された日
今日もしばうさ.netに来てくれて、ありがとうございます。
今日は2024年の2月17日の土曜日です。
今日はね、すごいことがありました。
タイトルに書いたとおりです。
実は昨日の夜から、おくさんが頭痛を訴えていて、ですがおくさんはもともと頭痛が起きやすい体質であり、
それに加えて生理中なのもあり、それによって体調が悪いのだろうと、
更にそれに加えておくさんはその日、日中もずっと眠気があり、それで日中に寝過ぎたことも原因で体調が悪いのだろうと…
そうおくさん本人も考えているらしく、ぼくもそれを聴いて、そうなのだろうと思っていました。
昨日の夜はぼくがものすごく眠たかったこともあり、このホームページの“今日のしるし”もそんな状態で綴れるだけ綴り、ふたりでいつもより早く眠ろうとしていました。
眠る前にもう1度おくさんに「 体調どう? 」と聞くと、まだ良くないと教えてくれました。
いつもは効くはずの頭痛薬が全く効かないくて、
頭の痛みも今まで感じたことがない痛みで、小石でガンガン殴られたり、
菜箸で脳みそをつつかれたりかき混ぜられてるような、
そうな感じがすると言っていました。
それに加えて、気持ち悪くて吐き気がするとも言っていて、
これはいつもの頭痛や生理の症状とは何かが違うと、
おくさんも言っていたし、ぼくもそう感じました。
ぼくはすぐにGoogleで“頭が痛すぎる”と検索して調べようとしたら…
“頭が痛すぎ…”のところで検索候補に、
“頭が痛すぎて吐きそう”
と出てきて、すぐにそれを押して検索結果を見ると…
頭痛には“大丈夫な頭痛”と“大丈夫ではない頭痛”があって、
大丈夫ではない頭痛には“くも膜下出血”の可能性がある…
という検索結果が出てきました。
ぼくはすぐに“くも膜下出血”で検索をかけ、次々に出てくるページに書いてある、
“くも膜下出血の前兆”というチェックリストを、そのままおくさんに聞いてみたところ…
「 全部あてはまる 」と…
おくさんがそう言ったんですね。
ぼくはそこで冷静さをすこし欠きながらも、こういうときはどうすれば良いのか、理性を働かせながら、どきどきしていました。
おくさんがそんな状態だなんて、信じたくない。
現実を頭が、体が拒否します。
でも、脳の病気1分、1秒が生死を分けると言われているらしく、
ぼくは119に電話しました。
すぐに繋がり「 火事ですか?救急ですか? 」と聞かれ、
ぼくは「 救急かもしれません 」と伝えました。
するとすぐに住所を聞かれ、住所を答えた後に、
「 救急かもしれないとおっしゃっていましたが、どのような状況ですか? 」と聞かれ、
ぼくは「 おくさんが、今までに感じたことがない頭痛を訴えています 」と伝えました。
「 具体的にどんな痛みですか? 」と聞かれたので、
「 小石で頭をガンガン殴られたり… 」菜箸で脳みそを…と続けようとしたのですが、
「 小石で頭をガンガン殴られたり… 」と言った時点で、
「 それではすぐに救急車を向かわせますので、それまでもう少し詳しい症状を教えてください。 」と言われました。
ぼくはこの時、
“やっぱりけっこうヤバい症状なんだ”
と感じました。
最近では救急の必要がないのに取りあえず救急車を呼んで、本当に救急車を必要としている方が助からなかったり、
救急車をタクシー変わりに使うような方もいるそうで、
救急車の出動にはそれなりのハードルがあることもわかっていたのですが、
頭痛の症状を伝えた時点ですぐに救急車を向かわせますと言われ、
おくさんの症状の重大さを感じました。
救急車を向かわせますと言われてからわずか5分ほどで、ぼくたちのお家の前に救急車が来てくださり、
4名の救急隊の方々がすぐにおくさんの状態を診断してくださり、救急車に運んでくれて、ぼくも同乗して、日本海病院(おいらの地域で1番大きい病院)に向かってくださいました。
その間にぼくはお義父さんにも連絡をし、お義父さんもすぐに日本海病院に来てくださるとのことで、
お義父さんからの、
“今から行くからね。”
というたった1行の文章が、
ぼくの押し潰されそうだった心を一瞬で救ってくださいました。
日本海病院に到着後は、おくさんは診療のお部屋に連れていかれ、ぼくは待合室に案内されました。
おくさんの保険証を提出し、おくさんの問診票を書いてそれを受け付けに出しに行くと…
ちょうど入り口がらお義父さんとお義母さんが入って来られて、
その瞬間にぼくは感情が溢れて、泣いていました。
お義父さんとお義母さんに今までのおくさんの状態をお話して、
おふたりともすごく心配そうにされていて、でもどっしり構えていて、でも心配そうで…
ぼくのこともケアしてくださり、本当に救われました。
たまに3人でおくさんについて色々お話しして、極度の心配から沈黙になって、またおくさんについてお話しして…
そのような時間を繰り返しながら、
名前を呼ばれることなく、15分、30分、45分時間が過ぎていき、おくさんの身に何が起きているのか、
不安と、本当はなんともないんだという希望の両方を3人で共有しながら、
病院に着いてから1時間以上たったころ…
扉が開いて、看護師さん口から、おくさんの名前が呼ばれました。
ぼくとお義父さんとお義母さんでその看護師さんの後をついていき、おくさんのもとへ…
おくさんはベッドで横になっていて、生きてはいるようでした。
すぐにお医者さんからお話があり、
「 血液検査と、CT検査を行った結果、特に異常はありませんでした。 」と…
ぼくは一瞬でほっとして、涙が止まりませんでした。
本当によかった。
本当によかった。
ぼくはいつも、おくさんとのこの日常が永遠じゃないことを噛み締めながら、生きてきました。
いつかは終わってしまうこの人生。
死ぬことだけじゃなく、なにかちょっとしたことの変化で、今あるおくさんとの暮らしや日常が変わってしまうことだってある。
だからこそ、今の目の前のおくさんとの人生を、ぼくは楽しみながら、噛み締めながら、儚みながら、生きてきました。
でも、そんな風に生きてきたからといって、本当にくる“いざというとき”に、冷静でいられるわけは当然ないのだと、
身をもって感じました。
おくさんを失いたくない。
おくさんを失いたくない。
だから、異常がなくて本当によかった。
頭の痛みも、点滴をしてほとんど治まったようで、すぐに帰れそうならそのまま帰宅しても良いとのことで、そうすることにしました。
おくさんの帰る準備ができるまで、もう一度待合室で待機することになったのですが、
お義父さんとお義母さんもほっとされていて、
おくさんという1人の人をただただ大切に思う、
お義父さんとお義母さんとぼくの、
3人のその気持ちの共有感に、
ぼくはとても安心させてもらっていました。
おくさんがお部屋から出てきて、待合室で4人になったときのその、
尊さが…
はかなさが…
永遠ではないこの時間が…
誰かがいなくなってしまったら2度と感じられなくなってしまうこの瞬間が…
ぼくはたまらなくなっていました。
その後はお義父さんの運転でぼくたちのお家まで送っていただき、そこでバイバイをしました。
おくさんとこうしてまたお家に帰ってこれたことが、たまらなかったです。
おくさん、痛いなか本当によくがんばったと思います。
異常がなくて本当によかった。
おくさんが病院に着いてすぐに
「 1番怖いくも膜下出血の可能性もあるから、CT検査をしますね 」
と言われたそうです。
やっぱり、その可能性もあるくらいの症状だったんだなと、改めて怖いと思いました。
これを気に今一度、食べ物だったり、生活習慣を見直したり、それについてふたりでお話ししたいと思いました。
人を愛すること。
人に愛されていること。
誰かが誰かを愛していること。
その人生の最大の喜びを、幸せを、強く感じさせてもらえた、
ぼくにとって、そんな経験でもありました。
お家に帰ってきてからはふたりで少しお話しをして、そして眠りにつきました。
今日は起きたら晴天で、晴れやかな気持ちになりました。
夜は親子丼が食べたくて、おくさんも食べたいっ!と言ってくれたので、
玉ねぎも鶏肉さんも卵さんもた~っぷりの親子丼を作りました。


おくさんも食欲があって、いつも通り食べれていたので、ひとまず安心しました。
日常、暮らし、人生…
すべてにありがとう。
今日もしばうさ.netに来てくれて、どうもありがとうございます。激しい頭痛や脳の異常のときは、迷わず!すぐに!119番に電話しましょうね。
なんともなかった、考えすぎだった、取り越し苦労だった、で終われるなら、
それが1番、幸せなことなのですから。
2024-02-17-土


