自分の産みの父親が毒親だったと確定しました。これから自分はどうすればよいのか考えてみる。

毒親 父 どうすればいいのか

タイトルにある通りです。

これからどうしていけばいいか、ぼんやりわかっている部分、

だけどショックはショックだったという気持ち、

いろいろ感じていることがありますが、

ぼくの体験が、ぼくと同じような気持ちを感じている方にとって、

その気持ちを少しでも軽くできたり、

心に寄り添えたり、なにか少しでも役に立てるかもしれないと思い、

この記事を書こうと決意しました。

この記事の大まかな内容は、下の目次をご覧ください。

自分の産みの父親が毒親なのは、実は薄々 気付いていた

自分の産みの父親が毒親だと確定したのは先日 電話をしたときでした。

その45分ほどの電話で、ぼくの中でその人は完全なる毒親だと確定しました。

ただ、その電話はそのことを確定させたにすぎません。

むしろ大事なのは、それまでの関係性だと思っています。

今回の電話は結果に過ぎず、その結果に繋がってしまった根本的な原因は、

今までのぼくとその人との関係性にあると思います。

そういう意味では、ぼくの産みの父親が毒親なんだということに、

ぼく自身は実は遠い昔から薄々 気付いていたということに、

今回やっと、気付くことができました。

ぼくはずっと、あの父親が毒親だと薄々 気付いていたのに、

その気持ちを心の奥底に自ら閉じ込めて押し殺し、

“そんなはずはない。まだ望みはあるはずだから、自分から手を離して諦めたら後悔する”

と言い聞かせていたのだと思います。

今回のことでようやく、そのこと気付くことができました。

ぼくと産みの父親(毒親)との関係

ぼくは生まれてこのかた、超パパっ子でした。

自他ともに認める感じです。

ぼく自身も、小さい頃からパパが大好きだったのを覚えていますし、

周りの人からも、ぼくはパパっ子だったと聞かされてきました。

なんとぼくはあの毒親のことが大好きだったのです!

しかしこの“大好き”という気持ちこそが、後の自分を苦しめることになるとは…

そしてぼくの親は、ぼくが8歳のときに離婚。

ぼくの親権は母親が持つことになり、その時から、ぼくの日常の暮らしから大好きなパパが消えました。

パパと会えるのは月に2日と決められ、

離婚からの毎日の日常が暗く寂しく悲しかったのを、今でも鮮明に覚えています。

その後ぼくが12歳のときに、母親が再婚。

ぼくの名字は変わり、戸籍上 新たな父ができました。

すごく複雑でした。

大好きなパパがいながら、ぼくが望んだわけでもない父でもない人が父親になりました。

当然、ぼくにとっての父親は産みの父だけです。

その新しい父を父親と認められませんでした。

これが12歳のときのぼくです。

そんなぼくがなぜ、その産みの父親のことを毒親と確定させるまでに至ったのか…

ぼくと毒親との関係はまるで、“別れた方が絶対にいいのに、なかなか別れられないカップル”

親が離婚した原因は産みの父親にあるようです。

あるようですというのは、実は産みの父親からは、離婚の原因を聴けたことがないのです。

何度か聴いてみても毎回 濁されて、結局 本当のところを教えてくれませんでした。

しかし母から聞くには、やはり原因はその父親にあったということです。

離婚の原因を聞いても誠実に答えてくれないところが、すでに毒親だと感じます。

結論からいうと、ぼくは産みの父親のことを大好きなのではなく、

大好きで“いたかった”のだと、今回の件で思いました。

今のぼくが振り反って思うのは、

ぼくと産みの父親の関係はまるで、

“相手に何度も傷つけられまくっているのに、いつかは心の底から繋がれると信じて、

その人から離れられないカップル”

のようです。

もちろん生まれたてのときは、純粋に産みの父親のことを大好きだったと思います。

ですがこれは持論ですが、子どもはニコニコ楽しく遊んでくれる人を好きになる傾向があるように感じます。

ときに厳しく叱ってくれることを愛情と認識できるようになるのは、もう少し成長した後。

そう思うと、ぼくがパパっ子だったのは、

ただ楽しく遊んでくれる人だったからではないかと…

なので途中までは本当にぼくは産みの父親のことを大好きだったように思います。

しかし先程も述べたように、この“大好き”という気持ちをその人に少しでもあったことが、後々に自分の判断を鈍らせていたようです。

逆にいえば、その人に対して嫌な部分しか感じていなければ、“離れる”という意思決定は、

非にならないくらいとんでもなく簡単になると思います。

ぼくは成長するにつれて、自分なりの考えを持つようになり、

ただ楽しく遊んでくれることだけが愛情ではないことをわかってきました。

そしてぼくが小学生高学年か中学生くらいのときに、ある事件は起こりました。

ぼくが産みの父親に対して“ん?それは違うと思う…”と疑問に思ったことがあったので、

その場で産みの父親に対して、その気持ちを直接伝えました。

すると…

その時、なかなかうまく喧嘩できなかったのです。

うまくぶつかれないのです。

ふたりの主張は平行線といった感じです。

感覚で覚えているのは、ぼくの気持ちが全く届かない。

“そうだね”とか“そう思うんだね、そう考えているんだね”というような言葉はなく、

ぼくのその時の気持ちはすべて否定され、なにも言えない状態になったのを覚えています。

何よりその瞬間は、ぼくが初めて産みの父親に反抗した瞬間でもありました。

なのでその“今までの従順だった息子が、自分に意見してきた”という、

産みの父親にとって初めての体験に、徐々にその人の感情のコントロールが効かなくなっていく様子を、

ぼくはその時 肌で感じていました。

その後の人生でも産みの父親に対して“ん?”と思うことを何度か伝えてみたのですが、

その瞬間に産みの父親の心は不安定さで溢れてしまい、すぐに暴走する(感情のコントロールが効かなくなる)のです。

そこからでした。

ぼくはいつの間にかその人の前で、その人にとって都合がいい自分を演じるようになっていました。

嘘がある、正直ではない関係になっていました。

それらも含めて総括して振り返ると、

やはりぼくはその人と関係していて、ずっと傷ついてきていたのです。

ですが小さいときに産みの父親に抱いていた“大好き”という気持ちを大切にしたくて、

その傷つく気持ちをぼく自身が素直に受け止めることをあきらめてきていたようです。

冷静になって今思い出してみると、パパのこと大好きと思っていた離婚前も、

その人の表情、目つき、言葉、それらにひどく傷ついていたことを思い出しました。

その後もそれはそれはひどいことをたくさん言われてきたし、されてきました。

でもそれでも、その関係に見切りをつけられなかった。

まさに先ほどもかいたようにその関係は、

“相手に何度も傷つけられまくっているのに、いつかは心の底から繋がれると信じて、

その人から離れられないカップル”

のようだと思いました。

そんな産みの父親(毒親)との関係は、もうやめにしたい

それでもぼくは懲りずに、

その産みの父親と、

これからは本当の関係になりたいと思っていました。

ぼくがここで思う本当の関係とは、シンプルに言えば、

“お互いが正直に本音を伝え合って、そこから建設的に関係を築いていくこと”

です。

だからぼくはもう1度、ふたりの関係の歩を進めたいと思っていました。

ですがその勇気の結果は無惨にも、産みの父親を毒親と確定するには十分に足る、

あの電話に繋がってしまいました…

その電話をする前の時間に少しさかのぼると、

ぼくの人生はかなりピンチでした。

この記事を書いている今も状況はほぼ変わらずピンチなのですが、

いろんなことが重なり、精神的にとても辛く、金銭的にはもう限界な状況です。

さすがに自分とおくさんだけでこの状況を抱えるのはまずいと思い、

ぼくとおくさんは、お互いの両親を助けを求めました。

そしてぼくはここで思ったのです。

あの産みの父親にも、勇気を出して助けを求めてみよう…と。

人生で初めて、産みの父親にSOSを出してみようと思いました。

ですがもちろん、全く期待はしていません。

ぼくが頼ったらあの人はどうなるのか、今までの経験からすでにもう予想はできています。

“関係が壊れてしまう未来も十分にありえるだろうな”と、実は思っていました。

ですが、

ぼくとおくさんの両方の親に助けを求めているこの状況で、

産みの父親には助けを求めないのは、

ぼくはそれは死ぬときに後悔すると思いました。

実の父親ではないぼくのもうひとりの父親は、

いつもぼくに本当の愛情を向けてくれていると、そう感じさせてくれています。

ぼくは母が再婚してくれたその人を、もうひとりの父親だと思わせてもらってきました。

その父親がいつもぼくに愛情を向けてくれているのに、

産みの父親にこの状況で助けを求めないのは、

ぼくは死ぬときに後悔すると思ったのです。

なぜ後悔するのか。

それはぼくの経験上、人間関係は、

“ピンチの時ほど、その結び付きの強さが試されるから”

です。

ぼくは産みの父親と本当の関係になりたいと思っています。

産みの父親との関係をまだ諦めていない自分がいます。

それならぼくが今ピンチのこの状況は、

産みの父親との関係性をくっきりはっきりと浮き彫りにし、

あぶり出す絶好のチャンスだと思いました。

そして今までのあの、離れられないカップルのような関係性から脱却して、

“お互いが正直に本音を伝え合って、そこから建設的に関係を築いていく”

そんな関係になれるかもしれないと、その期待をもっていました。

だから勇気を出して、ぼくはついに産みの父親に、SOSを出しました。

まず最初にLINEで頼り、メッセージを一往復した後…

産みの父親から電話がかかってきました。

そしてその電話で…

ぼくの中で、その産みの父親は、毒親だと確定しました。

もうこれ以上、ぼくがあの人と関わって傷つく必要はありません。

“ぼくが産みの父親に持ち続けていた最後の期待値”を、

“今までの人生でその人に傷ついてきた経験値”が越えた瞬間でした。

ぼくは心の中で、

そっと、その人との縁を、完全に絶ちきりました。

これは決してその時のテンションに任せて感じていることではないです。

今までのその人との関わりを総括した上で、もうぼくがその人と関わって傷つく必要は一切ない。

自分を何度も傷つける相手と、別れるときがついにきました。

そしてやっと、そんな相手から別れることができました。

絶対に傷ついていて良い関係とはいえないのに、なかなか別れられないカップルの気持ちが、

今回少しだけわかった気がします。

あの時 母親があの人と離婚したことは、ものすごい英断だったんだとわかった

離婚を期に寂しく辛い日々が始まったと思っていたのに、

実は母が決断したあの離婚は、最悪の日々からの脱却を意味していたのだと、離婚から20年たった今、ようやくわかりました。

あそこでもし離婚せずにあの人と暮らしていたら…

想像したくありません。

ぼくは今のおくさんに好きになってもらえるような人間にはなれていなかったと思います。

母の偉大さにさらに気付くことができたのは、本当に良かったと思います。

ぼくは産みの父親(毒親)を、ひとりぼっちにしたくなかったんだと思う

そして今回のことがあって冷静に振り返ってみると、

産みの父親のことを好きだと思っている人間を、ぼくは見たことがないことに気付いてしまいました。

ぼくは今まで生きてきて、

“あぁ、この人は本当に心の底からこの人のことを好きなんだなぁ、信頼し合っているんだなぁ”

と直感的にわかる人間関係をたくさん見させてもらう機会に恵まれてきました。

その恵まれた経験をさせていただいてきたぼくが産みの父親のことを振り返ると、

産みの父親には、そういう人間関係が全くなかったように思います。

文字通り、“全く”です。

産みの父親は、その父母(ぼくの祖父母)、そして産みの父親の兄弟とその家族…

そこの人間関係でさえも、今振り返ると…

だから小さいころからそんなあの人を見てきたぼくは、

幼いながらにあの人が“孤独”であることを感じてきたのだと思いました。

だからぼくは、自分も散々その人との関係で傷ついてきたのに…

いつの間にか自分に、あの人が孤独にならないように、

“ぼくがあの人を孤独にしてはだめだ…”

というその使命を、与えてしまっていたのかもしれません。

冷静に振り返ると、そう思うのです…

自分の親が毒親だったんだと確定してしまった後、ぼくたちはどうすればいいのか…

自分の産みの親が毒親だと確定してしまったときは、それはショックですが、

ぼくの場合は涙も出ませんでした。

むしろ冷静でした。

電話の向こうで取り乱し、ぼくに暴言を吐きまくるその人とは対照的に、

ぼくは冷静に、“やっぱりか”と思っていました。

昔の自分はこのタイミングで、毎回泣きじゃくっていました。

非力な声で何度も産みの父親に、

“なんでそんなこと言うの…”と泣きじゃくりながら訴えてきました。

でも今回のぼくは冷静で、一滴の涙も出なかった。

これは、ぼくがもうその人になんの期待もしていないことを決定づけていました。

そんなぼくがこれからできること…

それは…

今まで通り、自分の気持ちに正直に生きることだと思います。

もう自分の人生で、その人に費やす時間も体力も精神力もありません。

恨み続けることは体力を要しますし、

反面教師は実は自分の心を着実に蝕んでいくことを、ぼくは知っています。

なぜなら反面教師は、心の中にその嫌な人の存在をずっと据えることを意味するからです。

ぼくがこれからできることは、その人のようにならないようにすることではありません。

これからのぼくができることは、今まで通り、

“ぼくが心の底から素敵だと思える人たちと、素敵だと思える人生を、

共に楽しみながら、時にもがきながら、今を噛みしめて生きること”

だと思っています。

ここまで読んでくれてありがとう

ぼくのこの体験が、読んでくれたあなたにとって、

どれだけ役に立てたかはわからないのですが、

少しでもプラスの気持ちになってくれていたらうれしいです。

今日もおいしいものを食べて🍚🍙、

そしたら鳥の声に耳をすませて🐦️🌳、

おひさまの陽のぬくもりを体で感じて☀️、

水をのんでいきましょう🚰✨

そして自分が心から大切と思える存在、物、場所などを、思いっきり抱きしめていきましょう🍀

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