今回の衆議院選挙、投票に行く?【2026年1月、2月の衆議院解散&選挙について】

正直に言うと、今年に入ってから、毎日がしんどすぎる

以前はほぼ毎日投稿していたブログが、今年に入ってから全く書けなくなった。

理由の1つは、おそらく冬季うつによるもの。

ぼくが暮らす山形県の海沿いにある庄内地方は、冬は晴れの日などほとんどなく、毎日がグレー色の空に覆われる日々であり、うつになるのは容易な環境なので、その影響は多大にあるのは間違いないだろう。

だけどもう1つ、ぼくの心を明確に曇らせているものがある。

それは、

今回、日本の女性初の総理大臣が突然なぜか衆議院を解散したためにやることになった、衆議院選挙である。

はっきり言って、これはあまりにも日本国民が舐められすぎじゃありませんか。

このブログでは今まで、政治の話など1度もしたことはありませんが、今回だけは綴らねばなりません。

このブログでは普段、おくさんと愛猫との何気ない日常を綴る“日常ブログ”をメインに、ぼくが趣味で大好きな“かいけつゾロリ”や“PIXAR”、“任天堂”や“サザエさん”についての記事を綴っており、いわゆる“政治についての話”は今まで1度もしたことがありません。

なのでいつもブログにあそびに来てくださっている方からすれば、突然ぼくが政治のことについて綴り始めたことに、驚かせてしまっているかもしれません。

いつも“ほっこり”や“温もり”を感じた出来事について綴っているこのブログで、政治のことをガッツリ話すのはどうなんだろうと悩みましたが、今回の衆議院選挙についてはもう筆を執るしかないと思いました。

ここ最近、しんどい中でもなんとかいつも通りの記事を綴ろうとして、何度も取り掛かろうとしてきたけど、直前になってなぜか心がドキドキして、結局 記事は綴れないままでした。

以前までは毎日普通にできていたことが突然できなくなったのはなんでだろうと焦りながらも過ごす日々の中で、昨日ようやくその答えが分かったような気がしました。

それは、今のぼくの心が、“現在の日本の状況および政治”について思うことがありすぎるのに、綴ろうとしている記事は今までどおりの“ほっこり”な内容という、なんとも大きな感情のギャップが生じていたからだと思ったのです。

そこでぼくは決意しました。

いつものほっこりや温もりを綴っているこのブログにはもしかしたらふさわしくない記事かもしれないけど、今回ばかりは選挙および政治のお話を綴りたい、と。

もしかしたらこの記事によって、今までブログのファンでいてくださった方の気持ちを辛くさせてしまうかもしれません。

だけれど、今ここでぼくがこの記事を綴る決意をしたのには、大きな理由があります。

それは誤解を恐れながらも言いたいのですが、

“選挙権を与えられているのにも関わらず、この世界のことを知らない、知ろうとしない人が、誰かに楽しいコンテンツを届けることは、ある意味で罪だ”

という持論があるからです。

今回のお話は少し長くなってしまいました。

今回の各トピックについて予め知りたい方は、以下の目次をご覧ください。

ただ、今回の記事でぼくが言いたいことは端的にいえばこれです。

ぼくとおくさんと愛猫ゆべしの尊すぎる日常が、これ以上壊されないために。

そして、あなたとあなたが大切な存在が、毎日を安全に幸せに暮らせるように。

7年前に陰謀論に呑まれかけた果てに気づいたこと

といっても、ぼくが政治やこの世界の構造に目を向け興味を持ち始めたのは23歳の時でした。

その時、今まで自分がどれだけ無知だったのかを知り怖くなり、そこから連日ネットと本を駆使してこの世界のことについて学びまくりました。

その結果、今振り返るとあの時のぼくはある意味で、陰謀論者っぽくなってしまったんですよね。

なぜそうなってしまったのかといえば答えは明白で、ぼくはいろんな情報や誰かの意見を“取り入れる”ことしかしておらず、1番大切で重要な“自分の頭で考える”ということをしていなかったからだと思っています。

どんなにたくさんの情報や意見を取り入れようと、その後で自分の頭で考えられなきゃ、結局それは無知で流されている状態とさほど変わらないと思うのです。

そこでぼくはこのままではまずいと思い、そこから“自分の頭でも考える”ということをし始めました。

そして先日 30歳になった今のぼくが思っていることは、

陰謀論に染まるのは良くないが、そのような陰謀が裏で巻き起こっていても何ら不思議じゃない世界で自分は生きている

という認識を持っています。

楽しくてワクワクするエンターテイメントが、政治から目をそらす装置になってしまう危険性

話をもとに戻すと、この世の中には楽しくてワクワクする最高のエンターテイメントのコンテンツが溢れています。

それに夢中になり生きるパワーにするのは、この世界を生き抜くためにはとても大きな意味を持っていると思いますし、先述した通りぼくもたくさんの大好きなコンテンツを持っています。

しかしです。

その、人々を楽しくワクワクするようなコンテンツを生み出している人が選挙権を与えられている人なら、政治やこの世界のことに対して“興味がない”では済まされないと思っています。

なぜならそれは、“人々を楽しさという快楽に溺れさせて、無知を助長させている”危険性があるからです。

ぼくの見立てとしては、政治家やこの世界を動かそうとしている人々にとっては、人口の多くの割合を占める大衆が、“何も知らなくて考えられない”人々の方がコントロールしやすくて都合が良いはずです。

もし仮にあなたがこの世界を動かして導いていく立場になったと考えてみてください。

あまりにその規模が大きくて自分ごとにならない場合は、自分が所属しているクラスや学校、会社などで自分がトップになって、多くの人々を引っ張っていくことを想像してみてください。

心が綺麗で優しくて思いやりのある人は、みんなの意見を聴いてより良い環境づくりに取り組むと思いますが、

もしそのトップに君臨する人たちが、みんなのことなんて微塵も考えていないとしたら?

より多くの人々を束ねて、あらゆるバランスを絶妙に取りながら、いろんな社会システムを整え構築していくことは、その過程を想像しただけでものすごく労力や精神力などのパワーを使うだろうと分かります。

それを本当に国民やこの世界で生きている人間も含めた動物たちにとって、より良くしようとするリーダーならば大歓迎、まったく問題ありませんが、

そんな大変なことを本気でやり遂げたいと思う人がどれだけいるだろうと考えると、ぼくは甚だ今の政治家たちにクエスチョンが浮かびます。

本当はそんな莫大な労力を要することなんて、本能的に考えれば避けたい事象のはずなんです。

だけど政治家たちは何とかして、この日本で生きる1億2千万人強を束ねてなんとか社会を回さなければいけない。

となった時、その内訳のより多くの人たちが、“無知”で“愚か”で“自分の頭で考えられない”方が、コントロールしやすいのは明白です。

そして、“楽しくてワクワクするエンターテイメント”というのは、その関わり方を誤ると、人々が上記のような状態に簡単になれてしまうものでもあると思うのです。

だからこそ、エンターテイメントに従事するぼくも含めた人たちほど、その楽しいコンテンツが持つ“負のパワー”の効力をよく肝に銘じていなければならないと感じています。

そうでないと、エンターテイメントは簡単に、“政治やこの世界の仕組みから目をそらさせる装置”に成り下がってしまうのです。

だからエンターテイメントを発信する方も、それを受け取る方も、楽しさやワクワクを大切にすると同時に、この国の政治や世界の仕組みについてもしっかりと“知って学んでチェックする”、監視役をしっかりと担う必要があると思います。

SixTONESの髙地優吾氏の発言に、落胆してガッカリした件

そんな今回の衆議院解散が行われる真っ只中、ぼくが非常に落胆してガッカリした出来事が起こりました。

先日SixTONESの髙地優吾さんがサンデージャポンに出演した際、彼が高市総理を高評価していたのですが、なんとその理由が全く政策と関係ない部分だったのです。

詳しくはこちら↓

SixTONES髙地「石破さんとは大違いだなあって」高市首相の外交に「正直な感想」|Yahooニュース

まさに目に見える分かりやすい感情的な部分でしか政治家を見ていない典型だなと、ぼくは非常にガッカリしました。

いや、高市総理を高く評価すること自体は、自分の頭で考えたのなら別に良いと思います。

ここで問題なのは、“政治家をその人がした政策やこれからやろうとしている政策ではなく、見てくれの印象でしか評価していない”というところ。

ちなみにぼくは、中高生の時に生粋のジャニオタだったので、彼がスクール革命のオーディションを勝ち抜き、すぐさま“中山優馬w/B.I.Shadow”と“NYC boys”でデビューしたのを知っていますし、ぼくはB.I.Shadowの大ファンでした。

過去にこんな記事を綴っているほどです↓

【B.I.Shadow】Sexy Zoneが最終的にこんなことになるんだったら、B.I.Shadowでデビューしてほしかった

だからこそ、30歳を過ぎて選挙権を与えられているのにも関わらず、政治家を評価する理由があまりにも薄っぺらすぎることにガッカリしましたね。

これぞまさに、“普段はエンターテイメントでたくさんの人々を魅了しておきながら、本人は政治についてほとんど無知である”の典型例ではありませんか。

これでは、SixTONESが自民党や政府に協力して、大衆をエンターテイメントに溺れさせながら、普段の政治に目を向けさせなくすることに加担していると思われても仕方のない発言だったと思います。

少なくともぼくは彼のようにはなりたくない。

政治に興味関心を持ち国民として政治の監視をしながら、その上で日常に楽しみや癒やしを添えられたらと思っています。

だからこそ元々彼のファンだっただけにショックも大きかったですが、彼の発言がこの記事を綴る動機の1つになったようにも思います。

今回のこの無茶苦茶で突然すぎる違和感しかない“衆議院解散&選挙”の期間に突入したにも関わらず、ぼくが今まで通りに楽しくてほっこりな記事を綴り続けるということは、もしかするとこのブログに来てくださっている方々を今回の選挙から目をそむけさせてしまうことになりかねないと思ったので、今回このような記事を綴ることを決断をしました。

ぼくから見た高市早苗氏の“おかしさ”

このブログでは政治の話をしないまでも、普段の暮らしではそれなりに政治のことやこの世界のことに関心を持って調べたり考えたりしているぼくですが、さすがに女性初の総理大臣に違和感を覚えるのには、そう時間は掛かりませんでした。

もう明らかに怖すぎる。

先にお伝えしておきたいのは、自分で情報を取りに行き、自分の頭で考えた末に、高市総理や自民党を支持している方をぼくは否定するつもりはありません。

むしろそのような方の考えや意見はぜひとも聞かせていただきたいと思っています。

その前提の上で、なにがぼくの胸をざわつかせたかというと、端的に言えば高市総理はさすがに“感情に訴えすぎ”ということです。

“働いて働いて…”のキリッとした表情から始まり、それはまだ良いにしても、SNS等で発信される政治活動写真は、ニコニコ笑顔のオンパレード。

そして終いには、先日の選挙が始まってからの街頭演説では、なんと泣いたときた。

これはぼくの持論ですが、

大衆は人の何かに立ち向かう凛々しい表情や、笑顔や涙が大好きです。

いわゆる漫画や映画やドラマがその代表だと思いますが、エンターテイメントで人々が見たいものを描くのは素晴らしいことだと思います。

ぼくも熱くて泣ける『ONEPIECE』が大好きですし、ルフィやシャンクスの覚悟溢れる表情には鳥肌が立ちます。

PIXAR作品を見て何度も胸が熱くなり号泣し、それゆえにPIXARファンな訳です。

ですが

政治でその手法を使ったら、無知で愚かで、自分の頭で考えられない人ほど、簡単に騙すことができちゃうじゃないですか。

だから政治家が笑顔や涙を使い始めたら、ぼくの中では超危険信号。

かなり要注意して見なければいけない人物となります。

そしてぼくのその危険センサーにド真ん中で反応したのが、女性初の総理大臣である高市総理です。

だからこそ、ぼくは高市総理の発言や行動に要注目していました。

その中でぼくが1番懸念していたのは、高市総理を“何となく素敵”という理由だけで熱狂的に支持する人が大量発生してしまうことです。

これは非常に危険。

ストーリーを作り上げて分かりやすい敵(中国)を作り、感情で大衆を扇動したら、それはヒトラーとやっていることが同じではありませんか。

彼女は政治家なので、見るべきはその政策の内容であって、表情や感情的な部分は二の次のはず。

日本国民や引いてはこの世界にとって良い行動をした上で、いろんなパフォーマンスをすることは結構なことだと思います。

ですが中身がないのに見てくれだけで人々を魅了したら、人口の大多数を占める“政治に無関心”な人たちを一気に取り込んでしまい、政治が取り返しの付かない方向に行ってしまう危険性があります。

これはマーケティングとしては上手すぎて、USJでおなじみの刀の森岡毅さんもびっくりな威力だと思います。

だけどどれだけ見てくれで誇張して素敵に見せても、実際にジャングリア沖縄が開業されてあれは誇張されすぎたある意味で“嘘”の広告だったとバレたように、

高市氏が総理大臣を続行することになりヤバい政策が決行されて初めて、国民たちは彼女の正体に気づくことになるのでしょうか。

それではもう遅すぎるかもしれません。

まず最初にぼくが彼女の言動で気になったのはこの2点。

・12月に“目の前のことが忙しすぎて今は衆議院解散は考えられない”と発言したのに、数週間後にこのありさま

・消費税減税はレジシステムの関係で実現まで最低でも1年はかかると言ったのに、解散後の公約が“消費税減税”

大前提、人は変わる生き物だと思いますし、食べたいものが数分で変わるなんてことは多々あります。

ですが

政治でそれをやられちゃ、たまったもんじゃない。

しかしなぜこんな発言が成り立ってしまうのかといえば答えは明白、国民がそんなことをしても怒らないと舐められバカにされているからに他ならないのではないか。

もっというと、みんな政治に無関心なんだから、発言に怒る以前に、自分が生きる国の総理大臣がそんな発言をしたことすら知らない人がほとんどなのではないでしょうか。

やりたい政策があるなら、解散などせずに総理大臣なんだから今やれば良い。

なぜか世間が監視対象であるはずの政治家に対して“サナエちゃん”や“サナ活”と行って支持率がある内に解散して、そこで再び自民党が選ばれれば、よく頭を使っていない国民は、“選挙によって選ばれた高市早苗”像の印象がより濃く残り続けるだろう。

ぼくにはそれを狙った解散に思えてなりません。

ちなみにですが、“サナエちゃん”や“サナ活”と言って、誰かを好きになったり応援したりすることとても素敵なことだと思いますが、選挙の投票先の政治家をその感覚で選ぶのは絶対にダメです。

話を戻しますが、もしも“人気がある内に解散し、今より与党の議席を増やして、やりたい政策を加速させたい”のなら、それを解散理由で述べればよいのに、その発言もない。(衆議院解散後の街頭演説でようやくその事について発言した)

“総理大臣が私で良いのか、国民の皆さまに決めていただく”ことのために、国民のみんなが物価高で苦しみながらも支払った税金800億円を選挙に使う。

週間文春にて、“世界平和統一家庭連合 (旧統一教会)”との関係が報じられたとたん、それについてなんの説明もしないまま、今は考えられないと言っていた衆議院解散を実行する。

これじゃ国会でその事について聞かれた時に、答えようがないから逃げたようにしかぼくには見えません。

といった感じで、ぼくにはあまりにも今回の選挙が意味不明すぎてなりません。

しかも東北地方の雪が深く積もる土地で暮らしているぼくとしては、この時期にこんな大きな選挙をやること事態が、国民のことを考えているように思えません。

選挙看板を立てる人、投票所に行く往復の道、雪がたくさんで大変です。

その事について総理は謝罪しているようですが、ならばこの季節に今この選挙をやらなければならない理由を、明確に説明してほしいと思います。

そして最後に、“自分が国民に信任を得られた暁には、賛否が分かれる大きな法律案を通したい”との発言。

完全に狂ってます。

狂ってるのは高市氏もそうですが、やはりその発言をしても怒らないと思われている“選挙権が与えられている日本国民”の方が狂っていると感じます。

こんな発言、絶対に許しちゃいけない。

その内容を明かさずに選挙に突入して、それでいて自分がいる党に票が入ると思われているおかしさを、国民はもっと認識する必要があると思います。

今回の女性初の総理大臣が再び当選し、総理大臣に返り咲くのは結構なことですが、その後に決行された政策で裏切られて初めて、彼女を上辺だけで信じた人々が覚醒する時なのでしょう。

だけどその覚醒は時すでに遅しの場合があり、今回は憲法改正や戦争、核や軍事が絡んでいるだけに、気づいたときにはもう大切な人が戦地に行くことになっていたなんてこともあり得る状況なわけです。

今回の女性初の総理大臣が、庶民が分かりやすいパフォーマンスをしてくれたおかげで、今まで政治に無関心だった人が、彼女を応援するという名目で初めて選挙に参加し投票所に行くという方も多いのではないかと想像すると、その事は百歩譲って彼女の功績だとは思います。

政治なんて学校で習うとはいうものの、その本番は教科書には書いてない情報を自分で取りに行くところから始まると思うので、初めて選挙に投票しに行く動機はなんであれ、まずは選挙に行って投票するという一歩を踏み出すことが大切な経験だと思いますし、ぼくも人生で初めて選挙で投票したときは、あまりよく分からないまま投票しました。

なので初めての1歩はその程度だと実感がありながらも、だけど今回の選挙は事情が事情なので、持っているそのスマートフォンでいろんな検索をかけて、情報を詰め込んでもらいたいとも思うのです。

おそらく頭はパンクするし、もしかしたらこの世界の絶望に浸ることになるかもしれないけれど、それもすべて知った上で、できればそれらの情報について自分の頭で考えて、貴重な一票を投じてほしいと思います。

ぼくなりの選挙の投票先の決め方

ちなみにぼくは毎回選挙の時は、その投票対象に対するポジティブな部分ではなく、“ネガティブな部分”に注目し、どのネガティブが最もマシかを考えて投票しています。

なぜならば、ポジティブな部分に気を取られると、もしかしたら最悪な事態になるかもしれないネガティブな政策を、肯定し促進させてしまうことにもなるからです。

例えば、ポジティブな政策で“可能な限り早急に消費税を0%にして、すぐに1人あたり現金給付100万円します”という公約があったとしても、

その裏に隠れてネガティブな政策として“憲法第9条を改変し、必要であれば政策として戦争をする選択をし、国民には軍人、兵士として戦争に行ってもらう”という政党が存在することを想像してもらえれば容易に分かると思います。

“常に最悪を避けること”、それがぼくが選挙の時に重視している点です。

今、自分が投票しようとしている政党のポジティブな部分は見えている方が多いと思いますが、小さく掲げられているネガティブな政策は見えていますか?

もし見えていない、知らないとしたら、あなたのその一票は、あなたの人生やあなたの大切な存在の命を脅かす未来に進む可能性があります。

選挙の投票日までまだ2週間弱もあります。

ぼくはギリギリまでいろんな情報を取りに行って、自分の頭で考えて、身近な人とも選挙の話をして、そして自分が選んだベストな一票を投じます。

くれぐれも、“あの人ならなんか日本を良くしてくれそう”などというぼやっとした理由で、ネガティブな政策の後押しをしてしまわないことを願っています。

アメリカの傘の下の日本国

と、ここまで思いの丈を綴ってきましたが、結局日本はアメリカの傘の下の国であり、どの党が与党になろうとも、日本の未来はそんなに大きく変わらないのかもな、と悲観したりもします。

だけど世界地図を見れば一目瞭然、この世界で3番目の面積を誇る国はアメリカであり、そのアメリカと小さな島国である日本の関係性は今の選挙で決められる直接的な変数ではないです。

だけど微力かもしれないけれど、日本の与党はどこの党がベストで、その与党を監視する役である野党はどこの党が適任だ、ということは今の選挙権を持つすべての人たちが変えられるかもしれない変数なのです。

そのことを念頭に置き、ぼくも今回の選挙に挑もうと思います。

ぼくとおくさんと愛猫ゆべしの尊すぎる日常が、これ以上壊されないために。

たまに選挙権を持った大人で、選挙に行かないことをカッコつけて話す人がいますが、ぼくとしては論外です。

それは自らの恥を堂々と晒しているのと同じであり、その人が日本や世界を少しずつ悪くしていると言っても過言ではないと思っています。

選挙権を与えられている以上、我々は国の政治をチェックして監視し、正していく権利があります。

それなのに選挙に行かずに投票せず、さらにそれをカッコいいことのように話す選挙権を与えられた大人がいたとしたら、その人は今後の人生でもし自分や自分の大切な家族、大切な存在が辛い目にあって最悪 生きることに希望を見いだせなくなったとしても、それはその人の責任でもあるのです。

政治で暮らしは変えられるのに、そこに参加する権利を与えられながら、選挙に参加せず投票しなかった。

それは、自分や自分の大切な存在の命に対して、今後 絶対に政治のせいにできないということです。

政治に興味がなく選挙に行かない人というのは、おそらくぼくの見立てでは、“今がある程度 満たされていて、その暮らしが当たり前に今後も続くと思っている人”です。

もしそういう人がいるなら、その満たされている“今”が今後も続いていくように選挙に行かなくてはいけないですし、

もし“今”に不満があるならなおさら、選挙に行かなくてはいけない。

政治で暮らしは変えられる。

そのことを肝に銘じて、今回の選挙についてギリギリまで考え抜いて、一緒に生きていきたい人と選挙の話をしたいと思います。

ぼくとおくさんと愛猫ゆべしの尊すぎる日常が、これ以上壊されないために。